真兵衛の徒然ブログ

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2018-05-22 あの名歌手が、あの名馬があの世へ……。

 こんばんは。真兵衛です。

 

 このところ、著名な方がお亡くなりなるニュース続いてますね・・。特に先週、国民的歌手の西城秀樹氏の訃報には驚きました…。関係者はもちろん、多くのファンが涙ながらに哀悼の意を表してましたね。10年以上にわたって闘病生活を送り、それでも懸命なリハビリしつつ大ヒット曲の『ヤングマン』ぶりにテレビやライブで健在さをアピールしてました。永遠のヤングマンに相応しい故に早い最期でしたね…。謹んでご冥福をお祈りいたします。川崎フロンターレ中村憲剛選手がゴール後にYMCAのパフォーマンスをサポーターの前で行うなど、勝利で彼に捧げてたのが印象的でした・・。

 

 そんな衝撃的な訃報は競馬界でも……。2000年に重賞レース8回出走(そのうちG1は5つ出走)で全て勝利と、無敵の強さを誇り、20世紀最後の名馬として『覇王』と恐れられたあのテイエムオペラオーが急死しました…。22歳でした。

 

 私が競馬に嵌るきっかけが彼でしたね。以前ナリタブライアンが三冠獲得した時から競馬には少し関心はありました。後にマキバオーもアニメ化しましたからね。とはいえ、まだ物心が付く前で単に馬のかけっこ面白いって感じで観てた程度でしたがw

 

 オペラオーが覇王と呼ばれる程無敵の強さを誇った2000年の頃には物心ついてるため、彼が出走するレースはG1でなくとも必ず観てました。この辺でレースの階級だったり、重賞レースの種類など競馬のいろはを少しずつ覚えていったんですよ。それで競馬の奥の深さを痛感したんです。こうやって競馬に嵌ったんですよね~!5月はほぼ毎週G1があってしかも5月の最後の日曜はダービーだから競馬ファンにとって五月病なんて関係ないな!って思うほどw翌2001年からは今ぐらい競馬観るようになり、気が付けばエア予想をするくらいですからw

 

 オペラオーはディープインパクトオルフェーヴルのように圧倒的な強さでぶっちぎるのではなく、残り僅かの距離から追い上げてギリギリ差し切る競馬をしてた印象があります。特に2000年の有馬記念での差し切り勝ちは驚きました。当時ライバル馬の一角だったメイショウドトウが遂にここで土をつけて秋三大レース三冠阻止か!!?と思われたその時、堺アナの「テイエム来た!テイエム来た!」の実況に応えるかのように中山の急な坂で最後伸びてくるんですから。20世紀最後のレースは現役最強馬の証明を明かすレースで締めくくりました。ドトウ同様ライバル馬である99年の菊花賞ナリタトップロードでさえも止められなかったのですからね・・。もしアドマイヤベガ(99年のダービー馬)が2000年終わりまで現役続けてたら止められてたかな?どうなんでしょうね・・。

 

 21世紀元年の2001年、この年の春の天皇賞を制し、述べ天皇賞3連覇を達成。新世紀初代の名馬も彼が名乗り出るだろう!と思ってましたが、宝塚記念ではドトウにリベンジされ、さらに秋の天皇賞は得意のゴール直前でのキレ味勝負でアグネスデジタルに屈し、ジャパンカップではこの年のダービー馬ジャングルポケットにまで差し切られ、後塵を拝すレースが続いてましたね・・。有馬記念、オペラオーのラストランは復活を信じて1番人気に推されるも終わってみれば5着。復活とまでいかずこのまま引退。それでもファンからは惜しみない拍手と喝采が中山競馬場に轟きました。

 

 私にとって、彼の活躍によって競馬の奥深さを教えてくれたそんな1頭でしたね・・。心から本当に感謝の気持ちでいっぱいです。どうか安らかに……。(涙)